大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2297号 判決

控訴人

帝都開発株式会社

右代表者代表取締役

薄葉忠

右訴訟代理人

西岡文博

被控訴人

南雲金治

右訴訟代理人

棚村重信

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉によると、次の事実を認めることができる。

被控訴人は、昭和四七年二月二三日、控訴人から本件第一物件を代金二六五万円で買い受け、同日手付金として三〇万円を支払い、残余は同年三月二三日所有権移転登記手続と同時に支払うと約定し、約旨にしたがつて同日控訴人に対し残代金二三五万円、水道負担金六万円を支払つた(右本件第一物件の売渡の事実及び売買代金等の受領の事実については、当事者間に争いがない。)。

ところが、右残代金の受渡しまえの同月二〇日頃、控訴人において所有権移転登記手続を準備するための分筆実測図を作成する段階になつて、右契約にあたつて使用された販売図(甲第五号証)が控訴人主張のような測量士の測量ミスで不正確なものであり、本件第一物件のある区画(いわゆる朝日造成地内の一区画)の土地の坪数が分譲地二筆分不足し、二筆分相当の分譲地が現実には存在せず、その分だけいづれかの買主に対し引渡しのできないことが明らかとなつた。それで、控訴人は関係者に対しその非を陳謝し、被控訴人に対して右不足分をしわ寄せし同年三月二三日右残代金の受領にあたつてとりあえず本件第一物件の代替地として本件第一物件(地積六〇坪。但し、私道負担約一〇坪を含む。)と較べて面積がいくらか減るが坪単価の上廻るとみられる本件第二物件(地積五五坪。私道負担約九坪を含む。)を提供することにした。被控訴人は、当初違約金を受取るつもりでいたが、控訴人が代替地を受け取ることを勧めたので、控訴人の勧めに従うことに翻意したが、控訴人が代替地として提供した本件第二物件は県道沿いで住宅地に不向きであるとして満足せず、それでひとまず本件第二物件はその所有権移転登記を受けるが、第一物件の代替地としては他に私道を含まない五〇坪の土地を取得したいと申出で、その結果、控訴人と被控訴人の間で次の内容の念書(甲第四号証)が取り交わされることになつた(同日右所有権移転登記手続は司法書士に委任されたが、登記の実施されたのは同月三〇日であつた。)。

(一)  控訴人は、被控訴人が昭和四七年三月二三日買い求めた本件第二物件の売渡に対し契約違反行為があつたので、同年六月頃売渡される土気造成地を売出し以前に、被控訴人の希望する土地と今回売渡した朝日造成地とを交換する。但し、この場合、登記料を含め一切の金銭授受はないものとする。

(二)  土地面積は有効実坪数五〇坪以上とし、私道等の負担は一切含めない。

(三)  土気造成地以外にも適当な土地があつた場合、控訴人は被控訴人の意に添えるように誠意をもつてこれにあたる。

(四)  (一)ないし(三)項に対し不履行があつたときは(一)項の土地売買に対し契約違反として被控訴人に対し土地代金、水道負担金、登記手数料のほか、契約金額の二〇パーセントを違約金として支払う。

ところが、控訴人が分譲を予定していた土気の土地はその後市街化調整区域に指定され、建物の建築が制限されることになつたので、これを被控訴人に代替地として提供することができなくなつた。他方、被控訴人は右念書の作成後電話や手紙で土気の造成地の進行について照会したが、控訴人から明確な返事がえられなかつたので、同年六月二三日には内容証明郵便(甲第八、第九号証)で重ねて土気の造成内容を照会し併せて造成の完成の完成が遅れたときは住宅の建設に影響を受けることを通知した。控訴人がこれに対し折返し返事をしないまま推移していたところ、同年七月二六日に被控訴人から本件訴訟が提起され、同年八月三日頃になつて漸く控訴人から被控訴人に対し手紙(乙第六号証)で土気の土地が分譲不能となつたことと他の二、三の分譲地を紹介したが、被控訴人は紹介のあつた右分譲地は気に入らないことを返事した。

〈証拠判断省略〉

右認定事実によると、本件第一物件の売買について控訴人が債務を履行しなかつたので、これに伴つて控訴人から被控訴人に暫定的に代替地として本件第二物件が提供され、併せて控訴人と被控訴人との間で念書(甲第四号証)が作成されたのであつて、控訴人は被控訴人に対し右念書に基づく義務を負つているといえる。それで、右本件第二物件の提供によつて本件売買の履行が完了したものとは認められず、また、本件第二物件の提供にあたつて控訴人に錯誤があつたとは認められない。

二被控訴人は、右念書(甲第四号証)の特約に基づき本訴請求をしているのであるが、控訴人は、これに対し、本件第二物件を控訴人に返還しないままで本訴請求をするのは失当であると争うので、この点について検討する。

右念書の違約金に関する条項が有効なことは前記認定のとおりであるが、念書の意味は文理上必ずしも明瞭でないといえる。しかし、前記認定の念書の作成の経緯に照すと、念書の(一)(四)項にいう契約違反とは本件第一物件の売買についてこれを履行できなかつた契約違反であり、同(四)項にいう(一)ないし(三)項の不履行とは本件第二物件と他の分譲地との交換が履行されなかつたこと、つまり、被控訴人の気に入るような代替地の提供がなかつたことをいうものと解され、従つて、この念書の趣旨は、要するに、控訴人は本件第二物件が被控訴人の気に入らないのでこれ以外に被控訴人の気に入るような代替地(有効面積五〇坪以上)を提供するように努めることとし、被控訴人の気に入るような代替地の提供があつたときは、差額の授受なく右代替地を本件売買の対象土地としようとするものであり、そして、被控訴人の気に入るような代替地の提供がなかつたときには、被控訴人は本件売買(本件第一物件の売買)自体に対する控訴人の債務不履行の責任の履行として、代替地(本件第二物件を含む代替地)の引渡しに代えて、控訴人は受領ずみの土地代金、水道負担金、登記手数料のほかに土地代金の二〇パーセントの違約金を支払うべきことを請求できることを取り決めたものといえる。換言すれば、被控訴人は第二物件の取得によつて売買を最終的に完結させるか、又は売買を全面的にとりやめ本件第二物件を控訴人に返しその代りに右金員合計三二五万六五〇円を控訴人から返して貰うか選択できる趣旨と解すべきであつて、本件第二物件を控訴人に返還せずにこれと別個に、その債務不履行を理由に右約定代金の一二〇%以上の違約金の支払いを定めたものとは到底解することができない。(かように解するためには、その旨を特約に明記するとかその他かかる著しい高率な違約罰を定めることを当事者双方が諒解していたと認められる特別事情がなければならない。)

また、〈証拠〉によると、本件第一物件の売買についても、控訴人と被控訴人は、債務不履行のあつたときに土地代金の二〇パーセントの違約金を支払うことを取り決めているのであり、このことからも、右念書は、代替地の提供に主眼をおき、違約金の支払いについては甲第一号証と同趣旨の条項を重ねて確認したものにすぎないということができる(もし、被控訴人主張のような事由で極めて高率な違約罰を約定する必要があるならば、〈証拠〉においても事情は同じであつたに拘らずかかる定めはない。)。

〈証拠判断省略〉

三更に被控訴人は右特約が被控訴人主張のように解されないとして、前記交換契約の不履行によつて被控訴人主張のような損害を被つたので予備的にその支払を求めるという。

しかし、右特約は前記認定のように解する以上、被控訴人としては本件第二物件取得によつて売買を完結させるか、又は売買をとりやめ本件第二物件を控訴人に返し三二五万六五〇円の支払いを求めるかいづれか一を選ぶべきである。してみれば前者を選んだ上、更に被控訴人主張のような損害を請求することは、右特約の趣旨にもとることになる。従つて、右特約は被控訴人として右二つの方法のいづれかを選びそれ以外の請求をしない趣旨を含んでいるものと解すべきであつて、被控訴人の予備的請求は理由がない。

四因に、本件において控訴人の自認するように本件第二物件返還と引換に被控訴人の請求を認容すべきか否かについて検討する。本件における唯一の争点ともいうべき昭和四七年三月二三日付念書(甲第四号証)第四項に定める金員の性質・効力に関し控訴人と被控訴人の解釈は全面的に対立し相容れないものであるところ、控訴人主張の解釈を前提として始めて第二物件返還と引換給付の問題が生ずる余地があるもので、被控訴人主張の解釈を前提とする限り右のような引換給付の問題を生ずる余地がない。しかるに、当裁判所は前述のように被控訴人主張の解釈を排斥したのであり、かつ、前述の当裁判所の解釈によれば被控訴人は前示選択権をもちこれを行使して始めて右特約第四項の金員を請求できるものであるに拘らず被控訴人は右選択権を行使していないのであるから、前示引換給付の判決をすることは被控訴人の主張しない事項について判決することになる。更に、いわゆる引換給付の判決は、本質上、請求の一部認容・一部棄却であるが、それは全面的請求棄却に比べ客観的にも被控訴人(原告)にとつて有利なものであり、かつ、被控訴人(原告)としても控訴人(被告)の引換給付の抗弁が認容されるときには引換給付の判決を求める意思であることが認められる場合でなければならない。しかるに、本件においては本件第二物件の宅地の時価が四〇〇万円であることは被控訴人の自認(昭和四八年一二月七日準備書面第二、二参照)するところであるから、本件第二物件の宅地の返還と引換に三二五万六五〇円の支払を認めることは客観的にみて全面的請求棄却に比べ被控訴人にとつて不利であることは明らかであり、それでも引換給付を求める意思が被控訴人にあるとは到底考えられない。よつて、本件ではいわゆる引換給付の判決はしない。

五よつて、本件控訴は理由があり、これと趣旨を異にする原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(伊藤利夫 小山俊彦 山田二郎)

別紙物件目録《省略》

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例